場面：山本五郎と田中比呂子が喫茶店「椰子の実」で会う。

　

比呂子	こんにちは、待った？
五郎	いや、今、来たばかり。元気そうだね。
比呂子	ええ、五郎さんも元気そうね。今日は、五郎さんのたのみが引きうけられると いいん
	だけど・・・ 。
五郎	あ、チョコレート・パフェ、一つ。 それから、ホットもういっぱい。 じゃ、早速本筋
	にはいろう。まずは会社の説明からするよ。会社は１９８６年に 今の鈴木社長が設立
	し、英会話独習用の学習器具ポケットコーダーの販売をしております。
比呂子	その、ポケットコーダーって？
五郎	ポケットコーダーっていうのは、社長の考え出した商品名で、要するにポケットの中に
	入る超薄型ミニサイズのカセットテープレコーダーなんだ。英会話のテープとセットに
	して、町の本屋やデパートでも売り出されているんだ。
比呂子	ふーん。英会話独習用の超薄型ミニサイズのＬＬ器具をポケットに忍ばせて満員の通勤
	電車の中でも、こっそり、勉強できるというわけね。
五郎	そうそう。それでね、僕の仕事は、その販売網を広げることなんだ。
比呂子	じゃ、わたしの仕事というのは？
五郎	比呂子さんには、ポケットコーダーを買ったお客さんへのアフターサービスをして
	もらいたいんだ。
比呂子	アフターサービスって、どんなことをするの？
五郎	毎週一回、決まった時間に電話して、英語で話しかける電話レッスンのイングリッ
	シュ・ティ―チャ―。
比呂子	おもしろそうね。やってみようかしら。先生は何人ぐらいいいるの？
五郎	イギリス人が一人だけ。グリーンさんって言うんだけど、彼は早稲田大学の留学生。
	大学院で日本文学を研究中で、２、３ヵ月前から、アルバイトで週３日、確か、月曜日
	の午前中と、水、木の午後だけ、来ているようだね。
比呂子	わたしの仕事は毎日？
五郎	そう。給料やその他詳しいことは直接、面接の時、課長から説明があると思うよ。
	いつ、面接に行ける？
比呂子	あしたは先約があるから、あさっての午後がいいわ。
五郎	サンキュウ。じゃ、今日、課長の都合のいい時間を聞いてから、すぐ電話するよ。
比呂子	ありがとう。それはそうと、会社のスタッフはどんな方達なの？
五郎	社長は確か５５才。課長は４５才。あわせて１００才。営業マンは僕をのぞいて、
	みんな３０才そこそこ。僕は２２才半。課長のちょうど半分というわけさ。
比呂子	なに、それ。年だけ聞いてもよくわからないわよ。
五郎	そうか、じゃ、もう少し付け加えると、大ボスの鈴木社長は、ポケットコーダー社以外
	に新橋のスポーツクラブを持っていて、そちらは大もうけしているそうだ。
比呂子	それで？
五郎	ポケットコーダー社の経営は、まあ、彼の税金対策のようだね。語学教育のため、
	赤字覚悟で、やっているというわけさ。
比呂子	ふーん。税金対策のため赤字覚悟・・・ ？？？
五郎	社長の性格は一見、物静かな英国紳士風で、飲むとむすこの自慢ばなしが止まらなく
	なる悪いクセがあるんだ。趣味はゴルフ。でも、社長は週に１、２回会社に顔を出す
	だけで、実際は佐々木課長が采配をふるっているようなものだよ。
比呂子	ふーん。課長さんはどんな方？
五郎	中ボスの佐々木課長は頭が切れて、スポーツ万能。高校時代はピッチャーで、甲子園に
	も出たことがあるそうだよ。
比呂子	まあ、すごい。
五郎	大学時代は、ボート部のレギュラーで、エイトを漕いでいたんだ。ここ２、３年前
	から、社長に勧められて、ゴルフにとりつかれ、社長といっしょに週１回、土曜日に
	富士山麓のゴルフ場にお供するらしいんだが、・・・これはここだけの話だけど、その
	課長、社長よりずっとうまくなってしまって、最近は負けるのに苦労しているらしい
	よ。へへへへ・・・ 。
比呂子	お気のどくね。上役の気にいられるためにはサラリーマンも楽じゃないわね。
五郎	いえる。いえる。正に重労働だよ。残る正社員スタッフは、セールスのチーフの熊本
	さんがこうるさいけど、あとは、みんないい人ばかりだよ。君の仕事仲間となるイギ
	リス人のグリーンさんも誠実で、やさしそうだし、きっと楽しくやっていけるよ。
比呂子	そうだといいんだけど・・・ 。じゃ、今日は本当にごちそうさま。今日のチョコ
	レート・パフェ、いつもよりちょっと小さかったけど、ダイエット中なのでちょうど
	よかったわ。
五郎	じゃ、今から会社にもどって、課長のあさっての午後の都合を聞いて、君に電話する
	よ。
比呂子	ええ。 あ、ちょっとお買い物してから帰るから、７時以後にしてくださる？
五郎	うん。そうするよ。